今年はあちこちで熊が出没している、というニュースを聞く。たまたまファイルを整理していたら、「熊」の文字が目に付いたので見てみると、2年ほど前のタイムスタンプのテキストファイルだった。作った本人が忘れているのだが、多分小説でも書こうと思ったのだろう。以下、「熊の災難.txt」の内容。


「熊、熊だよ」
「そうかなぁ、野良犬か何かじゃないかぁ?」
「いや、絶対に熊だ。熊でなければ、熊みてぇなでっけえ犬だ。」


安川の体は小刻みに震えていた。彼が想像力豊かな人物でないことは周囲の誰もが認めているが、仮に彼の周囲の人たちがそのような感想を彼に対して抱いていたとしても、彼自身は何とも感じない、これもまた彼の周囲の人たちの評価であった。とはいえ、彼が震えていたことは紛れもない事実で、安川の言葉の震えに気づいた塚田もそれを感じていた。いわば【結果オーライ】をモットーとしてきた塚田にとって、


もし、彼と安川たちが設営し、今まさに休息を得ようとしている場を視覚的に外界から隔離してくれているテントの外を、凶暴な熊やライオンが通ったとしても、その獰猛と思われる動物の足音や息遣い、うなり声や気配がない以上は【どうでも良い】ことである。


塚田は少なくとも安川以上に楽観的な考えを持っている。塚田や安川以上に楽観的、又は鈍感なのは、二人の小声の会話で目を覚ました内村であった。内村にとって、折角の睡眠を邪魔されたことに対して、同じテントの中にいて明らかに彼の安眠を妨げた塚田と安川は邪魔な存在であるはずだが、それを意識させないほどの睡魔が継続的に彼の体内にとどまっていたことは、塚田や安川にとって幸いなことだったかもしれない。もちろん、安川にとっては内村がどのように感じようと、明日の朝に内村が【良く眠れなかったのはお前達のせいだ】といっても、{それはそうでもよいこと}であったろう。



ここで終わっている。果たしてどのような災難を熊に振りかけようとしていたのか、このごたごたして、途中で途切れた部分もある文章からはトンと分からない。